2005年04月30日

高崎〜水上〜飯田

今日はこれから高崎の温泉に一泊。明日は水上は湯岐曽温泉に一泊、明後日は飯田に移動して「タテタカコ&倉橋ヨエコライブ」後に現地で一泊
以後の予定は未定。

本ブログの更新は、GW中はさっぱり進まないのであった。
posted by めたろう at 14:21| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「コンスタンティン」見てきたが。

ホモテイストが足りねぇ、、、、。
酷い書き出しで済まん。別に俺はホモでは無いのだが「真夜中の弥次さん喜多さん」の影響かな。
キアヌ・リーブスを主役に据えて、原作から大きく内容も変えたらしいから、それなら、仲間や敵役とのヤオイ物にした方が良かったんじゃないのかな?と思うのだよ。
だって(未見だけど)原作アメコミの主人公のビジュアルってホントにおっさんじゃん。

http://www009.upp.so-net.ne.jp/simprune/blackmagic.html

たぶん、凄いこすーい手で悪魔を騙くらかして封印するみたいな、憎めない小悪党キャラだと思うんだよね。この絵面からして。で、仲間のおじさん達とは、おっさん的友情で結ばれ、弟分には後見人、的な設定が説得力持ったと思う。

キアヌ・リーブスは線の細ーい美形キャラで、ふてぶてしさが無いので、それだったら(バイセクシャルという設定もあるらしいから)登場人物軒並み美形にして、やおい要素を入れた方がウケが良かったんじゃ無いかと。

と、いろいろクサしておりますが。
はい。あまり気に入りませんですた。

キリスト教の知識は人よりある方なので、判り難い事は無かった。冒頭のロンギヌスの槍(劇中では「運命の槍」)の登場も伏線として流せたし、ナチスの国旗に包まれているのも判る(オカルト好きのヒトラーは、キリスト教の聖遺物も収集していた挿話を持つ)。
ただ、知らない人には不親切な事も多い。
カトリックの自殺禁止のタブー破りで地獄に行くあたりはまだしも、蠅やら蛇が襲ってくるビジュアルの意味や、地獄へトリップするのに水が必要な理由、なおかつ、ヒロインを地獄送りにする特訓がなぜ水中で行われるか、等基礎知識として知っといたほうが良い物が多い。(カトリックの洗礼の歴史を調べると、特訓の意味がわかります)
正にキャッチコピーの逆!

あのコピー、(この映画の事は)「知らない方がいい」という皮肉ではあるまいが。
どうも宣伝のイメージが的外れなような、、、「ハードボイルド・エクソシスト」みたいな話だし。

ま、上記やおいテイストの導入は、カトリック文化を背景に持つ以上、絶対ありえないのだが、そういう人間関係を持ち込まないと、登場人物の行動の動機付けが希薄に見える。
続編できても見ないなきっと。

posted by めたろう at 12:46| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Playing unit 4989 「池田屋チェックイン」

知り合い出演の Playing unit 4989 「池田屋チェックイン」を三軒茶屋シアタートラムへ。

うーーむ。前作「七人のドッペル」はかなりいけてるシチュエーション・コメディであったのだが。今回は、、、、。
知り合いを含め、出演者のレベルは相当高く、衣装、照明、音響、脚本、共に一定以上であった。
が、一行レビュー
http://dx.sakura.ne.jp/~nnn/play/itigyo/itigyo.cgi?ln=40&sn=1&cn=1000
で、指摘があった通り、「パーツは良いのに全体として間延び」した様に思えた。

間延びの原因は、大きくなった劇場への対応が不十分だった為と想定される。
素舞台に近い装置、二階座敷と玄関の配置、人の移動を見せる演出、アレで良かったのか?
劇場を広く使おうと意識して、客の感情移入の手がかりを散漫にしてしまったので無いだろうか?

以前トラムで 青年団「ソウル市民」を観た事がある。駒場アゴラ劇場という小さい場所での上演を前提とした設計の作品にも関わらず、トラムの舞台に合わせる事に成功していた。
その時、青年団が取った戦略は、「舞台を小さく限定して、客の視点を移動させない」というものだった。

今回、「池田屋チェックイン」は「立ち回りを使わずに池田屋事件を描く」コンセプトを打ち出している。であれば、劇場を広く使う事に囚われず、一幕物を骨格とし、劇場を狭く使う事を考えても良かったのでは無いか。
場合によっては、例えば宿の主人の側から顛末を狂言回しする様な、脚本の大改造、再構築を行っても、劇場とのマッチングを考慮して欲しかった。

劇場を広く使おうとして、全体の印象が散漫になり、劇場のカラーに飲まれた、という事では無いだろうか。前作と比してプロデュース、演出、舞台装置、各班の失点大と言わざるを得ない。
サイズは王子小劇場ならぴったりか、、、。

一方役者陣の頑張りは瞠目すべきレベル。
宿の3人、坂本竜馬関係のの3人、長州の2人、桂小五郎組の3人そして新撰組の面々。
捨てキャラがいない、高レベルの役者が集まったと思う。
が、それも凶と出たのではないか?やはり散漫なのだ。
人間関係でも、観客が誰を軸として見てゆくべきか、判り難いのである。
中盤以降、竜馬とその姉が登場して話が動きだすまでの、軸が不在の序盤の展開は、やはり間のびして感じられる。

小劇場作品の、中規模劇場への移植の難しさを改めて感じさせられた作品だった。
posted by めたろう at 01:53| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月24日

真夜中の弥次さん喜多さん

原作未見、そしてクドカン作品未見。
但し十数年前は松尾スズキ主宰で、宮藤官九郎さん、阿部サダヲさん所属の劇団「大人計画」に夢中だった。

冒頭の白黒で描かれる「ぺらっぺらな」江戸。それは一方で「リアル」のダークサイドとして、主人公二人を終盤まで追い詰める。
この導入部分を観ながら、かつて漫画「栄光なき天才たち」で読んだだけである、川島雄三「幕末太陽傳」の幻のラストを思い浮かべた。
導入部で現代の品川から江戸の品川に画面が移り物語がはじまり、ラストは時代劇のセットを抜け出し再び現在の東京を走り逃げてゆく主人公を監督は望んだが、ラストの破綻は周囲に説得され断念したと言う、、、、。

おそらく、この映画はそのラストを受け継ぐ映画になったのでは無いだろうか。

陰々滅々たる江戸のリアルに背を向けて、弥次さん喜多さんがチョッパーバイクにまたがると、画面はカラッっと日本晴れ、天然色カラーとなってミュージカルで二人を送り出すオープニングになる。(その直後に、二人はお伊勢の3km手前で突っ込みを入れられ、東海道を徒歩の旅で仕切り直しをするのだが)
この導入部で、作品のカラーや方法論が明示というか宣言され、その後のやりたい放題の道中が続いてゆくこととなる。


この作品、俺にとっては「嗚呼、あの頃の大人計画だ」と懐かしく、感無量の一本であった。
カテゴリー付けで安心する視野の狭い人には勧められぬ何でもありのバカ作品。
同時に、ダークなダークな、救い様の無い浮き世を、差別表現、残酷表現でこれでもかと見せ付ける大人計画ワールド。
それを、大規模興行の映画館でスクリーンで見る日がこようとは、、、。
大学劇研で、「大人計画がキテるキテる」と騒いで、同期、先輩から白い眼で見られた事を思い出す。同調してくれたのは後輩達ばかりだったなぁ。

それはさておき、そのような感想を覚えながら、同時に
「これ、舞台化できるよなぁぁ。大人計画の公演で数年ぶりに見たいなぁ」と思ったのも事実。
すなわち、「映画でなくてもいいじゃん」という事でもある。

「幕末太陽傳」の昔と違い、現代ではこうした枠組みをぐちゃぐちゃするやりたい放題も、さほどの意味の重さを持つわけでも無いし、客も軽々と受け入れる。
無論、クドカン監督デビューはめでたいし、映画としても今年の俺ランキング上位につけてはいるが、サプライズがあったわけでは無い。あくまでも「かつての大人計画」映画だと思えたのだ。

中盤「歌の宿」辺りまでは。

終盤、「王の宿」そして「魂の宿」はかなりブレイクしてるんでねぇのコレは!つう感じ。
二人が分かれ、そして冒頭の「江戸のリアル」がそれぞれを責め苛むダークな展開は、原作のしりあがり漫画のカラーでもあるのだろう。
弥次喜多の二人の演技も凄みを増して行くが、なんといっても七之助。素晴らしい。

そして、「魂の宿」での、途轍も無く人を食ったCG利用法!なんという予算の使い方をするのか。しかし正しく映画でしかできない表現。
ここでも大人計画メンバーが大活躍するのだが、やりたい放題もここまで徹すれば、今、クドカンが映画を撮った意義というか大儀も認められようと言うものだ。
というか、「大人計画映画」を作った意味、があったと言えよう。いや痛快。
未見だが、「阿修羅城の瞳」とはその狙いからしてレベルが違ってるはずである。

大人計画に関してはもう少し語りたいので、別記事か、この記事に後日加筆する事になるだろう。
posted by めたろう at 22:13| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月21日

宇野誠一郎作品集@全曲レビューその3

と、言うわけで、宇野誠一郎作品集@全曲レビュー、その3!

21:ロッキーとポリー
「山ねずみロッキーチャック」ED。
この番組も「子供の頃、熱心に見ていた」うちの一つで、このCDには未収録だが、登場する主要な動物それぞれにテーマが用意されていたと記憶している。俺はうさぎのピーターのテーマ(「なーにがなんでも知り抜きたい!」という奴)が大好きであった。作品集のBには是非収録いただきたいものだが。
このEDもキャラクターに沿っている名曲だと思うのだが、宇野氏ご本人はスリーブで(作品全体に対してだが)「可もなく不可という感じですね。方向性が見えておらず、呼びかけがどこに向いているのか判らないのが不満です。」と、冷淡なコメント。
未収録の劇中歌に対しての感想も同じなのか、聞いてみたいものだ。

後、この曲の導入部で少しだけシンセっぽい音が使われてるのが印象的なのだが、電子音とかはあまり得意では無かったのだろうか?
当時はアナログシンセの時代だし、珍音源として使っていてもおかしくは無いと思うのだが、めだたないなぁ。やっぱり好きじゃなかったのだろうな

22:あさっておいで
「よんでいる」と同様、「まんがこども文庫」より。作詞者も同じ岸田衿子という人のせいか、これも名曲といって良いだろう。言葉あそびが多用され、物語性の強い歌詞が、宇野氏の方向性と親和性が高いのだと思われる。

ついでに「岸田衿子」でググった結果、
ユトレヒト、なる略歴ページを発見。
http://www.utrecht.jp/person/?p=70
なんと岸田今日子の実姉(更にこの岸田姉妹は岸田国士の娘達なのだそうな。17へぇー。)にして、「ハイジ」や「フランダースの犬」「ラスカル」主題歌の作詞者、童話、絵本の多くの仕事を成した人物であるらしい。
ちょっと追っかけてみようかな。

とにかく楽しい一曲。

23:ふたごっこ
中山千夏「なぞなぞな」より。
ここでもシンセっていうか、電子ピアノっぽい音が効果的に使われている。同じく鉄琴?か木琴の音が電子加工っぽい処理で使われるのが印象的。でもストリングスがメインなんだよな。
ちなみに中山千夏女史作詞の内容は、「三つ目のドラゴン」「あいつ」同様の謎かけ、見立てになっている。

24:さんご礁
「こどもまんが文庫」より。
同じく電子ピアノっぽい音が多用され、間奏は凝っている。が、そんなに食指が動かない曲。
「日本児童文学のアニメ化」がコンセプトだった「こどもまんが文庫」のカラーを意識しすぎたのではないかと思われる地味な曲で、俺は今一好みでは無い。

25:鐘がゴーンと鳴りゃ
「一休さん」より。
藤田淑子さんが一休さんに成り切って歌う、「戯れ歌」って感じのこれまた名曲。
この曲は本人も「割りにいいですね」と前向き評価。とにかく藤田淑子さんが良いというのでお気に入りとの事。
音の作り方とかは、一つ前の曲とそんなに変わらないのだが、強い印象を受けるのは、一休さんのキャラクターを全面に出して、なおかつ宇野さんの曲想とマッチしているからだろう。
「長靴をはいた猫」と同系統の曲と言えよう。

26:緑の陽だまり
「山ねずみロッキーチャック」OP。
うーん、ホーンセクションが高らかに連呼する導入部もかっこいい、名曲だと思うんだけどなぁ、、、。聞き手の側は繰り返し刷り込まれてそう思ってるだけで、作り手側は不満なのかもしれないが。スリーブでの解説は殆どなし。

27:ふしぎな花
中山千夏「なぞなぞな」より
「よんでいる」と同系統の美しい曲。いい曲なんだけど、「よんでいる」と比べるとやや聞き劣りする感じ。フルートやハープとかの使い方が何となく類型的な様な。

28:ははうえさま
「一休さん」ED。
数多く、引用、パロディ化されてきた、有名なED。(去年出た電気グルーヴの「カフェ・ド・鬼」のPVで天久がネタにしてたくらいだからな)
実は上記「ふしぎな花」とそんなに曲調は違わないのだが、とにかく藤田淑子さんがうまいんだろうなぁ。一休さんが母上様に出した手紙を読む、というミュージカル形式になってるのが勝因でしょうな。ちなみに作品集Aには「幸せはレインコート」という、ひょうたん島の劇中曲が収録されていて、こちらも手紙を読むミュージカルになっている。
「呼びかけの対象が明確」だと成功するようだ。
後、尺八、鼓など、和楽器が使われているのがポイント高いが、TVで見ていた時は、全く気づかなかった!
「日本モノを日本風にやることへの反発」云々はこの「一休さん」がらみで何かあったのかなぁと思わないでもない、、、、。ちょっとヤだな。

29:ながれ椅子
「こどもまんが文庫」より。
宇野作品としてのオリジナリティはやや薄いかな?何か演歌っぽい感じが、、、。
「風ばかり、風ばかり」の連呼のところとかは宇野節かもしれない。聞き所は堀江美都子さんの歌唱力でありましょう。美曲。


やたーーーラス1だーーーー。


30:幸せを運ぶメルモ
「ふしぎなメルモ」より。
ゆったりした、アルバムを締めるのにふさわしい美曲。
ボーカルの桜井妙子さんがイイ!ちょっとエロくかつお嬢様っぽくて俺が勝手に抱いてる「ふしぎなメルモ」のイメージにぴったり。
マイナーな歌い手さんだが、宇野作品とは「アンデルセン物語」OPや「ムーミン谷の歌」等で関わりがあるようだ。そのわりに、スリーブで言及なし。「アンデルセン物語」のCDが出てるから、振り分けたのかな?


終わったーーー!では締めの挨拶をば。

昨年、図書館で借りた懐かしアニメの主題歌集のスリーブから、子供の頃、熱心に見ていたあの番組この番組の劇中歌や主題歌が、軒並み宇野作品であったと気づいた時は実にビックリしたものであったが。知られていない天才というのはいるものである。
今現在、彼の評価が極端に低い理由は諸々あるだろうが、今後は関わった諸作品が日本文化のコンテンツとして評価の対象になってゆくのに連動して、時間は掛かるが再評価されてゆく事だろう。
願わくば、彼が存命のうちにもう少し再発見の機運がでてくれれば、、、。
この記事もその一助と成りますように。
posted by めたろう at 22:34| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(4) | 宇野誠一郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月19日

クロカミショウネン18「サーモン大使館」

最近、再び知り合い以外の芝居を見に行く機会が増えたが、この「クロカミショウネン18」もその一つ。と言ってもそもそもは知り合いが客演した前々回公演「レンタル。」を見に行って、徹底的に構成されたシチュエーションコメディの面白さに魅せられたからであるのだが。

クロカミショウネン18HP
http://www.ne.jp/asahi/ket/nappu/ks18

ここの特徴は
・複数の出入り口を持つ部屋が舞台で出入り口の外にそれぞれ(架空の)空間があって、事件が起きる場合がある
・ホストになるグループ(仕掛け側)が、複数の別グループとやり取りをする。それぞれが事件、事情をもって登場する。
・状況的に追い詰められた人々(主にホストグループ)が、仕掛け人となり、複数のグループを同時に騙す為のイベント(葬式、記者会見、結納式等、式次第のあるイベント)を行う
・イベントにおいて一人二役や、実際の役割からズレた役回りを演じたりする
・例えば結納式で、グループAからは娘の結婚相手、グループBからは娘の兄で付き添い、といった2つ以上の役割を一人の人間が演じたりする「騙し」がある

基本的には「グランドホテル方式」になるのだろうか。そこに毎回コンゲーム(詐欺)の要素が入るのである。
導入から伏線が張られ、状況的にがんじがらめのホスト側が、強引にイベントを仕掛けて、どうにか状況をごまかし乗り切ろうと奮闘するのが見どころ。
「そんな馬鹿な」と突っ込みつつ笑わざるを得ないようなあの手この手で状況を乗り切ってゆく。

今回の「サーモン大使館」は彼らの2作目の再演であり、正直言って前回「モザイク。」前々回「レンタル。」よりは、まだ構成は粗いところがある。
その分、日本の大使館(外務省)への批評や、大使館内の人間関係、小ネタ等、より間口の広い笑いの要素がちりばめられている。が、その分そのすべてが中途半端にも感じられる。
その後の作品で、より構成の面白さに着眼した方向にシフトしていった事が伺える。

この劇団は、会場の王子小劇場のつながりが深く、これまでの7作品すべて王子小劇場で上演されてきた。上記シチュエーションコメディの成立も、広い空間にしっかりした舞台美術を作る事で支えられてきたのだと思う。
今回、王子小劇場を卒業する事になったとの事で、卒業公演の位置づけらしいが、今後は劇場も変わり、芝居の方向性も変わってくるだろうか。

次回作品で、今後も見に行くかが決まってくるだろう。



posted by めたろう at 21:31| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月15日

宇野誠一郎作品集@レビューその2

4/7、4/9に続いて宇野誠一郎作品集全曲レビュー続き。苦しくなってキター。

12:あいつ
13:5人家族
どちらも中山千夏「なぞなぞな」より。連続して配置してあるのは、曲調、曲の構想がほぼ同じだからだと思われる。
クラリネット、ストリングス、ドラムのリズムの取り方等など、二部作といって良い位共通。
「あいつ」の方は、子供やペットが大嫌いな「あいつ」について遠回しな表現で謎かけをする歌。歌詞を書き出して見るまで、答えが判らなかった、、、。
「ガラスなんだけどコップじゃない」「針があるんだけどサボテンじゃない」「ちくんと指すんだけど蜂、じゃない」「私はあいつがだいだいだーいキライyo」これだけの歌。1分強。
「だいだいだーい」のとこだけ宇野節だな。短すぎて印象薄い。
「5人家族」の方も1分半位。こちらは「ワン、ツー、スリーフォーファイブ」の掛け声のとこだけ宇野節。

14:悟空が好き好き
超超超有名曲にして超名曲!
09:悟空の大冒険マーチに関してスリーブノートのインタビューで言及されていないのは、こちらの「悟空が好き好き」を語りまくってスペース無くなったのでは無いかと思われる。という位熱く語ってるなぁ。
反社会的、反制度的な「悪ガキ悟空」のイメージで曲を作り始めるも、作詞家の持ち込んだ「いい子ちゃん悟空」の歌詞に我慢できず、またも作詞に介入、、、、、。
で、われわれの知る、愉快痛快の「悟空が好き好き」ができたと。
「○○すっきすっきすっき!」の連呼、語尾上げ。
「びっくりしーてひっくりかえってホイ!」
「てな事に、なっ、って、し、ま、うーーーー! カモネ!」
どこを取っても宇野節!
曲調全体は手塚アニメの伝統にのっとり、ミュージカルというか、ヅカレビューというか、豪華絢爛ホーン炸裂のご機嫌ノリノリナンバーであります!
(今回のCDで通して聞いての収穫は、「カモネ!」のカワイイオンナノコの掛け声が、他のコーラスと独立した、中央よりの位相でどうやら別録りされているらしい事が判った事。やはりレビューやミュージカルの形が採用されているのだ)

15:長靴をはいた猫
冒頭の「ビックリしたニャ!」のフレーズ連呼がすべて!というわけではないのだが。
ここでも、ありきたりのメロディにしたくない、という一念から、勝手にこのフレーズを入れてしまった、とインタビューで告白しているが、、、。
作詞は井上ひさしと山元護久、、、、。よく許したものだ。
というか、この曲に関しては負けを認めざるを得なかったのだろう。
それ程にこの「ビックリしたニャ!」連呼の印象は強い。
子供は皆、このフレーズ以外覚えていられなかったのではないだろうか。

ただ今回、曲本編の方も改めて聞き込んだが、名曲じゃん!
インタビューでも一言だけ言及があるが、ぺロを演じた石川進が実に芸達者。うまいなぁ。素の声、張りのある男声コーラス、「みゃーーーおーー」なんて鳴き声、自在に変わってそつ無し。
(なぜか俺、ペロはなべおさみが演じたと思い込んでいたがそれは第3作「80日間世界一周」の方であった。ひょっとすると主題歌のアレンジも変更してたのか?「ビックリしたニャ!」のフレーズ連呼を強調するように、、、?)
これも、ミュージカルスタイルの名曲といって良いだろう。
カラオケで歌い倒したいが、難曲だぁ。




ようやく折り返し地点
posted by めたろう at 22:41| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 宇野誠一郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月14日

黄昏と黎明の間を

電気グルーブ×スチャダラパーの「twilight」をエアチェックして、ヘビーローテーション中。

すごーく良くなってきた。最初は思ったよりライトだけど地味な曲、という印象だったが、繰り返し聞く内、「聡明で穏やかな曲」という印象に変わりつつある。
歌詞が重要な曲、だと思う。スチャダラパーが加わっている以上当たり前なのだが。

 光 暗闇 すりぬけるよ
 止まらない 途切れない 繰り返すflow
 はじまり おわり 混ざり合うzone
 戻らない twilight そして電子音

 spacenight daylight nightflight moonlight twilight

 二回 三回 切り抜けるよ
 澱まない 絶え間ない 繰り返すflow
 期待 未来 あふれ出す今日
 届かない twilight そして電子音

 spacenight daylight nightflight moonlight twilight

 光りだす空 あけてゆくほら 幾何学模様 奏でてる
 光もいまや キラキラ踊り 渦巻く彼方 にじんでく


聞き取りなので、正確かどうかはわからない。
「夜をとぶ」ということか。





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posted by めたろう at 08:07| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月09日

電気&SDP

友人掲示板に載せた記事を加筆転載。

「電気&スチャダラパー」の話は本当だったんだな、、、。
http://www.dgsdp.com/

HPの存在は昨日知った。ぴあにも記事が載って、ようやく作り話では無いと納得できたのだが。
サマソニにこのユニットで出るらしいので、今年の夏は「コネクト05」「ワイアー05」「サマソニ05」のハシゴという事になる。体力つけなくちゃ!

それにしても感慨深いなぁ、、、。
十年ちょい前は同じキューンで、TVブロスに両者が連載もつとか、瀧とボーズがポンキッキやったりと接点は多かった。
スチャはたびたび卓球の詞を引用したりもした。
それでもコラボ話とがでなかったのは、「ラップもやるテクノユニット」ではじまった電気が、純粋なテクノ系へのシフトを強烈に進めていた時期だったからだろう。
同時期に、スチャは「今夜はブギーバック」でブレイクし、リトルバードの面々とヒップホップを一般化すべく奮闘していた。
その後、電気が「オレンジ」で前の路線への揺り戻しのような動きをした時には、スチャは東芝に移籍した後だったから、すれ違いになったといって良いだろう。

その後、両者のリリース間隔はどんどん開いていって、内容的には深化し続けた。
ただ、リリース時期は前後しながらも結構かぶっていたから、併走しながらシンクロする部分も大だったのだろう。
(テクノ、ヒップホップの一般化に裏方の役割を果たしたのも共通している)

昨年、スチャの新作が久しぶりに出て、電気も再開への試行を始めたが、片やスチャはアルファとのコラボがぽしゃりそうになる不運に見舞われたし、片や電気にしても、次のネタや方向性をどうすべきか、活動再開の芯を探しあぐねていた感はあった。
だからとても目出度いニュースだし、何にしてもビックリ&ドキドキだ。

今だからこそできる共演。アルバム迄作るそうで、期待大!


4/12追記
posted by めたろう at 22:57| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月07日

宇野誠一郎作品集@詳細レビュー

またしても書くべきネタのみ溜まり、記事は遅れぎみ。

まずは宇野誠一郎作品集@詳細レビュー、少しづつ進めよう。
で、せっかく名曲ぞろいだから、全曲レビューに挑戦だ。

01:ふしぎなメルモ
アニメそのものは未見なのに、この歌のサビだけは知っている。(小学校の時の悪友が、このアニメはエロいエロいと吹聴して、「メルモちゃん、メルモちゃん」の導入部のリフレインを繰り返し歌っていたのである)
初めてフルコーラスで聞いた(ひょっとしたらラジオで聞いたりしたかも)が、CD帯で小西康陽が絶賛するだけあって、傑作。上品。ゴージャス。
この時代のアニソンの魅力は、とにかく上質のオーケストラで、バックが支えられている事だ。
70年代中期に「俺はグレートマジンガー」という傑作アニソンがあり、歌い手の水木一郎氏のボーカルが賞賛される事が多いが、実はあの曲の魅力はバックのオーケストラと、エコーをふんだんに使った音響演出にある様に思われる。
そして、宇野誠一郎のアニメ作品群にも演奏家達と、宇野氏の努力がしっかり反映されている様に思われる。諸々の制限はあった筈なのに、この素晴らしさは何たる事か。

02:エッちゃん
これまた未見の「さるとびエッちゃん」より。
ワルツのリズムが心地よい。新ルパンの峰不二子役を演じた、増山江威子さんのボーカルも魅力。宇野氏の作品は、より良い女性ボーカルとの出会いによって左右される様だ。
あ、あと、「役者が歌う」というのも大きな要素だな。

03:幸せはどこに
実は「長靴をはいた猫」も事実上の未見なのだ、、、お恥ずかしい。子供の頃TV放送で見てるはずだが詳細全く失念。この「幸せはどこに」も劇中歌のはずだが失念。ボーカルの榊原るみさんは、劇中のお姫様のはずなので、この曲も「役者が歌う劇中歌」という宇野氏の最も得意なジャンルに含まれる。これもワルツよりのリズム(?なのか?)。02と同系列の良曲だが、何となくエキゾチックミュージックの様でもある。

04:いい感じ
これはもう良ーーーく知ってる「山ねずみロッキーチャック」の劇中歌。
ただこの曲は、さほどお気に入りでは、、、。中山千夏さんはこの曲では自身のカラーを殺して、ロッキーの相手役、ポリーを強くイメージして娘っぽく歌っている感じがする。

05:雲が教えてくれる道
「アリババと40人の盗賊」劇中歌。これも見てるはずなんだが失念。若き大山のぶ代のボーカルが楽しい。少年アリババを溌剌と演じている。
コーラスの「はっつー、はっつー」と言ってる様に聞こえるのは、なんだろな。

06:なぞなぞな
中山千夏さんのカラーが強く出ていると思われるアルバム「なぞなぞな」のタイトル曲。なんかアラビア風のメロディで、「おかあさんといっしょ」にありそうな曲。

ここまで6曲。バテたーーーー。
続きは気が向いたら。



4/9夜 追記
posted by めたろう at 21:48| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 宇野誠一郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月02日

エターナルサンシャイン

以前、ネバーランドの記事にTB頂いたブログ、「試写会帰りに」
http://blog.goo.ne.jp/bakabros/e/fe4de38c0089b714dc366f99a83bbab5

上記の映画評群の中でもコメント・TBが盛り上がっている「エターナル・サンシャイン」。
ジムキャリーで、記憶をいじる映画、との事で気になっていました。
で、昨夜ようやく見に行きました。

私にとってこの映画は「怖い話」でした。ホラーというか、心理スリラーというか。

一人で見に行って、カップルに挟まれて見ましたので、本来なら恋愛に縁薄い己が境遇に涙するところですが、そうは成りませんでした。そういうレベルでは無かった。
この映画は「恋愛映画」といった枠組みを越えた、人生、人とは何か、他人と生きるとは何か、今を生きるとは何か、そうした事を真摯に考える、哲学的ともいえる作品だと思います。
(上記「試写会帰りに」へ寄せられたコメントに、アメリカで、ジムキャリー主演だからなのかこの作品がコメディーにカテゴライズされて評価が低くなったとの内容があったが、それが本当ならアノ国の映画評関係者の殆どは既に脳がヤコブ病に犯されとるよ)

「怖い話」と感じたのは、イライジャ・ウッド演ずる、ジムキャリーの「記憶と、彼女との関係性」を盗もうとする若者の存在が大きかったです。上記ブログのコメントにおいてあの役に対する評価がやや低いのは、おそらく登場シーンの多くがカットされ、隠された部分が多かったからでは無いでしょうか。
彼が、裏で、何をやらかしたのか、想像して御覧なさい。
ぞっとします。
で、彼の倫理観の無さは、あの記憶を削除する会社の4人全員に共通して設定されています。
削除される側にも同様に、倫理観が欠落しています。

私は記憶の削除、改変と言うのは、ある種の殺人であり、本作品の様に本人の意志の元に行われれば自殺だと思うのですが、この映画に登場する記憶改変に関わる連中の、ノリの軽い事!(もちろんわざとそう描かれてるわけですが。ファンタジーですからね)
記憶を弄る事の恐怖を、弄られる当事者さえ実際に自身に対して削除がなされて初めて感じ得るという、私達の記憶に対する認識の低さ、他人との関係性に対する感謝の念の低さ、といった事への風刺になってるのでは無いでしょうか。

さて、この作品でも「ビックフィッシュ」との類似を感じたわけですが、ただ今回はどちらかと言うとジムキャリーつながりで「トゥルーマンショー」との関連性を強く感じました。
上記、「人の人生を加工する物語」という点で共通するのでは無いかと。






4/4追記
posted by めたろう at 10:17| 埼玉 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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