2006年07月31日

宮崎吾郎、「愚直」の漢

「ゲド戦記」を見てきました。
観る人を選ぶ様なので、「コレは!」と思う人に勧めたい映画ですが、
自分としては、観た後に姿勢を正したくなる様な、
自分の怠惰を恥じて、自分に出来る事を考えさせられる、
そんな大切な一本になりました。

久しぶりに興奮し、公式HPや知り合いの掲示板へ行って長文を投下。
ブログも更新する気になりました。
またしてもアチコチに書き散らした長文の纏めなので取りとめが無いのですが、記録として残しておきます。

事前にネットでは袋叩きにあっており、また多くの映画評も低く、
一方で、公式HPから伺える作り手の意識の高さのギャップから、
かなりの不安とかすかな希望を持っておっかなびっくり見に行った、と言うのが正直なところ。

しかし観始めて暫く経って
「何だ?何がいかんのだ?」
「皆、何処を見ておるのだ?世間の連中は明きメクラばっかりか?」
と怒りに駆られました。

やがて中盤から終盤に掛けての問題点が私にも判っては来たのですが、
明らかに確信犯でやっている部分に迄批判がある事には疑問を覚えました。

まず、これまでのジブリ映画とは一線を画し、
「子ども向けでなく」
「誰にでもお勧め出来るような映画ではない」内容でした。

また、方々で指摘されている様に、編集タイミング初め技術的な拙さ(殊に、時折画面に汚れが飛ぶのは修正されるべきですが)、中盤から後半の物語が矮小化する事など、課題は多いと思います。

しかしながら、私は
「それがどうした」と申し上げたい。

あれこそ私が一度はジブリで見たいと思っていたポジション、世界観でした。
事前評で、「背景はジブリだけあって素晴らしかったが」(他の部分は、、、、)と言ったものが多かったわけですが。

「それがキモやんけ」とツッコミたい。
背景が重要なのはそれが世界観であるからです。

今回宮崎吾郎氏が描こうとした世界観は、「もののけ姫」で父親が描ききれなかった、アノ暗黒面のそれであります。
すなわちマンガ版「ナウシカ」の終盤で登場した、虚無との和解を扱ったアノ世界。(ああした翳に覆われた世界を、ジブリ以外で作り出し得るでしょうか?)
今回の主人公アレンには、ナウシカ終盤に登場する土鬼皇帝ナムリスや皇弟ミラルパの面影があり、今作は、彼らの若き日を描いたような趣があります。
漫画版ナウシカのファンであれば、今作の目指した場所の困難さと志の高さを感じて頂けるかもしれません。
志の高さゆえ、及ばぬ所も目立つわけですが、とにかく最後まで逃げずに目指した場所と向かい合い続ける、吾郎氏の肝の据わり具合に驚かされました。

これまた事前評で、
「言いたい事を台詞で言わせすぎ」「説教垂れすぎ」
等の批判が多かったわけですが。

最初から最後まで、客にも主人公にも説教を垂れ続けるような内容を、
正面切って提示し続けるバカを確信犯としてやる度胸を持って、
なおかつ「それをやる事に意味のある場」に立てる機会を得る人間がどれ程いるのかと。
(アレをわざわざ世界的に名の売れたジブリでやる事に意味があるのです)

で、仮にその機会を得たとして、世間から袋叩きにあうのを覚悟で、実行できる見上げたバカが、どれ程この国にいるのか、と。

求められている事ではなく、
成さねばならぬ事を考え、
その信念を曲げず、
作品にする事がどれ程困難である事か。
想像してごらんなさいなと。

なるほど確かに、
この作品より、技術的に優れた作品は多くあるでしょう。
この作品より、良く出来た脚本は多くあるでしょう。
この作品より、わくわくさせられるエンターテイメントは多くあるでしょう。

けれども、社会に対して責任を果たす、という信念を持ち、それを表明する事に意味のある立場にあって、それを実行しうる、と言う事はとても稀有な事だと思うのです。

宮崎吾郎氏の言動をもって、反感を表明する人間が多いのは理解できます。
私が、公式ブログ等の彼の発言からはじめに感じていた言葉は「蛮勇」でした。
確信犯的な攻撃性を持ってあらゆる物に揺さぶりを掛ける必要が有る程に、ジブリの組織が硬直化しているのだろうか、という不安を感じました。
しかし、公開までブログを追い続け、そして作品を観た今、感じる言葉は「愚直」であります。

彼の立場になぞらえる事が出来る人物を二人挙げたいと思います。
小劇場演劇における平田オリザ氏、そして、政治の世界における田中康夫氏です。

それぞれ、袋小路に陥った「業界」の辺境から、それまでの主流とは断絶し、
「正統」に戻る志をもって、それぞれの世界を書き換えようと努力し続けています。
そして、この二人に投げつけられた罵倒と、宮崎吾郎氏への罵倒もまた酷似している様に思えます。
それは、今回彼がやろうとした事が、単に素人の二世監督が長編アニメ映画を作ったという以上の意味を持っている、と言う事なのだと思います。
10年後に、あるいは日本以外の場所で、
宮崎吾郎の評価は、今日とは大きく変わったものになると、信じています

もっとも、現時点でも、感じる人はちゃんと感じている様ですけどね。
posted by めたろう at 22:40| 埼玉 ☁| Comment(1) | TrackBack(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
めたろうさん、こんにちは!
RSSで秘かに復帰をお待ちしてました。
久し振りにコメント頂いて嬉しかったです。
それが『ゲド戦記』だった事も感慨深いです。

田中康夫氏が落選し、宮崎吾朗監督へのバッシングとオーバーラップしてしまいます。

本当にさんざんな評判で、これほどまでにみんなが酷評している事にとても驚きました。
『ゲド戦記』を酷評している人達は、『千と千尋』とか『ハウルの動く城』は好きだったのか、どう思っていたのだろうか? とか色んな疑問がわいてきました。

めたろうさんの記事を拝見して、もう一度まっすぐな気持ちでこの映画と向かい合ってみたい、と思いました。
Posted by bakabros at 2006年08月08日 01:45
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック

『ゲド戦記』
Excerpt: 『ゲド戦記』試写。ジブリ作品の『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』は好きですが、それ以降の作品からはあまり期待しないように。でも、どんなストーリーでも楽しめるシーンが必ずあるので..
Weblog: 試写会帰りに
Tracked: 2006-08-08 01:49

ゲド戦記の評判が悪いのはなぜ??
Excerpt: <<注意・ネタバレあり>> 7月29日、ゲド戦記を観る。 考えさせられるシーンや台詞が多くて、私は満足だった。 しかし一度観ただけでは、分からない部分..
Weblog: 薫風
Tracked: 2006-08-22 14:39
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。