2005年04月19日

クロカミショウネン18「サーモン大使館」

最近、再び知り合い以外の芝居を見に行く機会が増えたが、この「クロカミショウネン18」もその一つ。と言ってもそもそもは知り合いが客演した前々回公演「レンタル。」を見に行って、徹底的に構成されたシチュエーションコメディの面白さに魅せられたからであるのだが。

クロカミショウネン18HP
http://www.ne.jp/asahi/ket/nappu/ks18

ここの特徴は
・複数の出入り口を持つ部屋が舞台で出入り口の外にそれぞれ(架空の)空間があって、事件が起きる場合がある
・ホストになるグループ(仕掛け側)が、複数の別グループとやり取りをする。それぞれが事件、事情をもって登場する。
・状況的に追い詰められた人々(主にホストグループ)が、仕掛け人となり、複数のグループを同時に騙す為のイベント(葬式、記者会見、結納式等、式次第のあるイベント)を行う
・イベントにおいて一人二役や、実際の役割からズレた役回りを演じたりする
・例えば結納式で、グループAからは娘の結婚相手、グループBからは娘の兄で付き添い、といった2つ以上の役割を一人の人間が演じたりする「騙し」がある

基本的には「グランドホテル方式」になるのだろうか。そこに毎回コンゲーム(詐欺)の要素が入るのである。
導入から伏線が張られ、状況的にがんじがらめのホスト側が、強引にイベントを仕掛けて、どうにか状況をごまかし乗り切ろうと奮闘するのが見どころ。
「そんな馬鹿な」と突っ込みつつ笑わざるを得ないようなあの手この手で状況を乗り切ってゆく。

今回の「サーモン大使館」は彼らの2作目の再演であり、正直言って前回「モザイク。」前々回「レンタル。」よりは、まだ構成は粗いところがある。
その分、日本の大使館(外務省)への批評や、大使館内の人間関係、小ネタ等、より間口の広い笑いの要素がちりばめられている。が、その分そのすべてが中途半端にも感じられる。
その後の作品で、より構成の面白さに着眼した方向にシフトしていった事が伺える。

この劇団は、会場の王子小劇場のつながりが深く、これまでの7作品すべて王子小劇場で上演されてきた。上記シチュエーションコメディの成立も、広い空間にしっかりした舞台美術を作る事で支えられてきたのだと思う。
今回、王子小劇場を卒業する事になったとの事で、卒業公演の位置づけらしいが、今後は劇場も変わり、芝居の方向性も変わってくるだろうか。

次回作品で、今後も見に行くかが決まってくるだろう。



posted by めたろう at 21:31| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月15日

宇野誠一郎作品集@レビューその2

4/7、4/9に続いて宇野誠一郎作品集全曲レビュー続き。苦しくなってキター。

12:あいつ
13:5人家族
どちらも中山千夏「なぞなぞな」より。連続して配置してあるのは、曲調、曲の構想がほぼ同じだからだと思われる。
クラリネット、ストリングス、ドラムのリズムの取り方等など、二部作といって良い位共通。
「あいつ」の方は、子供やペットが大嫌いな「あいつ」について遠回しな表現で謎かけをする歌。歌詞を書き出して見るまで、答えが判らなかった、、、。
「ガラスなんだけどコップじゃない」「針があるんだけどサボテンじゃない」「ちくんと指すんだけど蜂、じゃない」「私はあいつがだいだいだーいキライyo」これだけの歌。1分強。
「だいだいだーい」のとこだけ宇野節だな。短すぎて印象薄い。
「5人家族」の方も1分半位。こちらは「ワン、ツー、スリーフォーファイブ」の掛け声のとこだけ宇野節。

14:悟空が好き好き
超超超有名曲にして超名曲!
09:悟空の大冒険マーチに関してスリーブノートのインタビューで言及されていないのは、こちらの「悟空が好き好き」を語りまくってスペース無くなったのでは無いかと思われる。という位熱く語ってるなぁ。
反社会的、反制度的な「悪ガキ悟空」のイメージで曲を作り始めるも、作詞家の持ち込んだ「いい子ちゃん悟空」の歌詞に我慢できず、またも作詞に介入、、、、、。
で、われわれの知る、愉快痛快の「悟空が好き好き」ができたと。
「○○すっきすっきすっき!」の連呼、語尾上げ。
「びっくりしーてひっくりかえってホイ!」
「てな事に、なっ、って、し、ま、うーーーー! カモネ!」
どこを取っても宇野節!
曲調全体は手塚アニメの伝統にのっとり、ミュージカルというか、ヅカレビューというか、豪華絢爛ホーン炸裂のご機嫌ノリノリナンバーであります!
(今回のCDで通して聞いての収穫は、「カモネ!」のカワイイオンナノコの掛け声が、他のコーラスと独立した、中央よりの位相でどうやら別録りされているらしい事が判った事。やはりレビューやミュージカルの形が採用されているのだ)

15:長靴をはいた猫
冒頭の「ビックリしたニャ!」のフレーズ連呼がすべて!というわけではないのだが。
ここでも、ありきたりのメロディにしたくない、という一念から、勝手にこのフレーズを入れてしまった、とインタビューで告白しているが、、、。
作詞は井上ひさしと山元護久、、、、。よく許したものだ。
というか、この曲に関しては負けを認めざるを得なかったのだろう。
それ程にこの「ビックリしたニャ!」連呼の印象は強い。
子供は皆、このフレーズ以外覚えていられなかったのではないだろうか。

ただ今回、曲本編の方も改めて聞き込んだが、名曲じゃん!
インタビューでも一言だけ言及があるが、ぺロを演じた石川進が実に芸達者。うまいなぁ。素の声、張りのある男声コーラス、「みゃーーーおーー」なんて鳴き声、自在に変わってそつ無し。
(なぜか俺、ペロはなべおさみが演じたと思い込んでいたがそれは第3作「80日間世界一周」の方であった。ひょっとすると主題歌のアレンジも変更してたのか?「ビックリしたニャ!」のフレーズ連呼を強調するように、、、?)
これも、ミュージカルスタイルの名曲といって良いだろう。
カラオケで歌い倒したいが、難曲だぁ。




ようやく折り返し地点
posted by めたろう at 22:41| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 宇野誠一郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月14日

黄昏と黎明の間を

電気グルーブ×スチャダラパーの「twilight」をエアチェックして、ヘビーローテーション中。

すごーく良くなってきた。最初は思ったよりライトだけど地味な曲、という印象だったが、繰り返し聞く内、「聡明で穏やかな曲」という印象に変わりつつある。
歌詞が重要な曲、だと思う。スチャダラパーが加わっている以上当たり前なのだが。

 光 暗闇 すりぬけるよ
 止まらない 途切れない 繰り返すflow
 はじまり おわり 混ざり合うzone
 戻らない twilight そして電子音

 spacenight daylight nightflight moonlight twilight

 二回 三回 切り抜けるよ
 澱まない 絶え間ない 繰り返すflow
 期待 未来 あふれ出す今日
 届かない twilight そして電子音

 spacenight daylight nightflight moonlight twilight

 光りだす空 あけてゆくほら 幾何学模様 奏でてる
 光もいまや キラキラ踊り 渦巻く彼方 にじんでく


聞き取りなので、正確かどうかはわからない。
「夜をとぶ」ということか。





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posted by めたろう at 08:07| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月09日

電気&SDP

友人掲示板に載せた記事を加筆転載。

「電気&スチャダラパー」の話は本当だったんだな、、、。
http://www.dgsdp.com/

HPの存在は昨日知った。ぴあにも記事が載って、ようやく作り話では無いと納得できたのだが。
サマソニにこのユニットで出るらしいので、今年の夏は「コネクト05」「ワイアー05」「サマソニ05」のハシゴという事になる。体力つけなくちゃ!

それにしても感慨深いなぁ、、、。
十年ちょい前は同じキューンで、TVブロスに両者が連載もつとか、瀧とボーズがポンキッキやったりと接点は多かった。
スチャはたびたび卓球の詞を引用したりもした。
それでもコラボ話とがでなかったのは、「ラップもやるテクノユニット」ではじまった電気が、純粋なテクノ系へのシフトを強烈に進めていた時期だったからだろう。
同時期に、スチャは「今夜はブギーバック」でブレイクし、リトルバードの面々とヒップホップを一般化すべく奮闘していた。
その後、電気が「オレンジ」で前の路線への揺り戻しのような動きをした時には、スチャは東芝に移籍した後だったから、すれ違いになったといって良いだろう。

その後、両者のリリース間隔はどんどん開いていって、内容的には深化し続けた。
ただ、リリース時期は前後しながらも結構かぶっていたから、併走しながらシンクロする部分も大だったのだろう。
(テクノ、ヒップホップの一般化に裏方の役割を果たしたのも共通している)

昨年、スチャの新作が久しぶりに出て、電気も再開への試行を始めたが、片やスチャはアルファとのコラボがぽしゃりそうになる不運に見舞われたし、片や電気にしても、次のネタや方向性をどうすべきか、活動再開の芯を探しあぐねていた感はあった。
だからとても目出度いニュースだし、何にしてもビックリ&ドキドキだ。

今だからこそできる共演。アルバム迄作るそうで、期待大!


4/12追記
posted by めたろう at 22:57| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月07日

宇野誠一郎作品集@詳細レビュー

またしても書くべきネタのみ溜まり、記事は遅れぎみ。

まずは宇野誠一郎作品集@詳細レビュー、少しづつ進めよう。
で、せっかく名曲ぞろいだから、全曲レビューに挑戦だ。

01:ふしぎなメルモ
アニメそのものは未見なのに、この歌のサビだけは知っている。(小学校の時の悪友が、このアニメはエロいエロいと吹聴して、「メルモちゃん、メルモちゃん」の導入部のリフレインを繰り返し歌っていたのである)
初めてフルコーラスで聞いた(ひょっとしたらラジオで聞いたりしたかも)が、CD帯で小西康陽が絶賛するだけあって、傑作。上品。ゴージャス。
この時代のアニソンの魅力は、とにかく上質のオーケストラで、バックが支えられている事だ。
70年代中期に「俺はグレートマジンガー」という傑作アニソンがあり、歌い手の水木一郎氏のボーカルが賞賛される事が多いが、実はあの曲の魅力はバックのオーケストラと、エコーをふんだんに使った音響演出にある様に思われる。
そして、宇野誠一郎のアニメ作品群にも演奏家達と、宇野氏の努力がしっかり反映されている様に思われる。諸々の制限はあった筈なのに、この素晴らしさは何たる事か。

02:エッちゃん
これまた未見の「さるとびエッちゃん」より。
ワルツのリズムが心地よい。新ルパンの峰不二子役を演じた、増山江威子さんのボーカルも魅力。宇野氏の作品は、より良い女性ボーカルとの出会いによって左右される様だ。
あ、あと、「役者が歌う」というのも大きな要素だな。

03:幸せはどこに
実は「長靴をはいた猫」も事実上の未見なのだ、、、お恥ずかしい。子供の頃TV放送で見てるはずだが詳細全く失念。この「幸せはどこに」も劇中歌のはずだが失念。ボーカルの榊原るみさんは、劇中のお姫様のはずなので、この曲も「役者が歌う劇中歌」という宇野氏の最も得意なジャンルに含まれる。これもワルツよりのリズム(?なのか?)。02と同系列の良曲だが、何となくエキゾチックミュージックの様でもある。

04:いい感じ
これはもう良ーーーく知ってる「山ねずみロッキーチャック」の劇中歌。
ただこの曲は、さほどお気に入りでは、、、。中山千夏さんはこの曲では自身のカラーを殺して、ロッキーの相手役、ポリーを強くイメージして娘っぽく歌っている感じがする。

05:雲が教えてくれる道
「アリババと40人の盗賊」劇中歌。これも見てるはずなんだが失念。若き大山のぶ代のボーカルが楽しい。少年アリババを溌剌と演じている。
コーラスの「はっつー、はっつー」と言ってる様に聞こえるのは、なんだろな。

06:なぞなぞな
中山千夏さんのカラーが強く出ていると思われるアルバム「なぞなぞな」のタイトル曲。なんかアラビア風のメロディで、「おかあさんといっしょ」にありそうな曲。

ここまで6曲。バテたーーーー。
続きは気が向いたら。



4/9夜 追記
posted by めたろう at 21:48| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 宇野誠一郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月02日

エターナルサンシャイン

以前、ネバーランドの記事にTB頂いたブログ、「試写会帰りに」
http://blog.goo.ne.jp/bakabros/e/fe4de38c0089b714dc366f99a83bbab5

上記の映画評群の中でもコメント・TBが盛り上がっている「エターナル・サンシャイン」。
ジムキャリーで、記憶をいじる映画、との事で気になっていました。
で、昨夜ようやく見に行きました。

私にとってこの映画は「怖い話」でした。ホラーというか、心理スリラーというか。

一人で見に行って、カップルに挟まれて見ましたので、本来なら恋愛に縁薄い己が境遇に涙するところですが、そうは成りませんでした。そういうレベルでは無かった。
この映画は「恋愛映画」といった枠組みを越えた、人生、人とは何か、他人と生きるとは何か、今を生きるとは何か、そうした事を真摯に考える、哲学的ともいえる作品だと思います。
(上記「試写会帰りに」へ寄せられたコメントに、アメリカで、ジムキャリー主演だからなのかこの作品がコメディーにカテゴライズされて評価が低くなったとの内容があったが、それが本当ならアノ国の映画評関係者の殆どは既に脳がヤコブ病に犯されとるよ)

「怖い話」と感じたのは、イライジャ・ウッド演ずる、ジムキャリーの「記憶と、彼女との関係性」を盗もうとする若者の存在が大きかったです。上記ブログのコメントにおいてあの役に対する評価がやや低いのは、おそらく登場シーンの多くがカットされ、隠された部分が多かったからでは無いでしょうか。
彼が、裏で、何をやらかしたのか、想像して御覧なさい。
ぞっとします。
で、彼の倫理観の無さは、あの記憶を削除する会社の4人全員に共通して設定されています。
削除される側にも同様に、倫理観が欠落しています。

私は記憶の削除、改変と言うのは、ある種の殺人であり、本作品の様に本人の意志の元に行われれば自殺だと思うのですが、この映画に登場する記憶改変に関わる連中の、ノリの軽い事!(もちろんわざとそう描かれてるわけですが。ファンタジーですからね)
記憶を弄る事の恐怖を、弄られる当事者さえ実際に自身に対して削除がなされて初めて感じ得るという、私達の記憶に対する認識の低さ、他人との関係性に対する感謝の念の低さ、といった事への風刺になってるのでは無いでしょうか。

さて、この作品でも「ビックフィッシュ」との類似を感じたわけですが、ただ今回はどちらかと言うとジムキャリーつながりで「トゥルーマンショー」との関連性を強く感じました。
上記、「人の人生を加工する物語」という点で共通するのでは無いかと。






4/4追記
posted by めたろう at 10:17| 埼玉 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月30日

宇野誠一郎作品集@

ようやくアマゾンより「宇野誠一郎作品集@」が到着。同時発注の「吾妻ひでお失踪日記」の重版が遅れたせいだ。
が、共に待っただけの事はある大傑作で満足至極。
いま宇野誠一郎作品集@をかけながらこれを書いているのだが、下記の宇野誠一郎の記事でコメントを頂いた様に、確かにこちらの方が重要な作品が多いのかもしれない。
一般的な宇野誠一郎作品のイメージ「リズム重視・連呼型」の作品が多いのだ。
作品集Aでの相当ひねった作品群にあたるのは、中山千夏のアルバム「なぞなぞな」の作品集かな?

曲もさることながら、スリーブノートのインタビューも大変刺激的で興奮させる内容だ。
・アニメ系作品作りでの初期においては、「アメリカの模倣」を意識した、という話が出てくるが、前後の文脈から察するにこれは彼が、カートゥーン(例えばトムとジェリーの様な)における音楽の重要性を意識していた、という事ではないのか思わせられる。
・「メロディには全く関心が無い」「共振を生み出すのはメロディではなくリズム」「音楽を始めた動機が音楽家になりたいという以前にリズムの探求への関心だった」と語り、
・最近のリズム重視の音楽の流行についてはどう評価するかとインタビュアーが振ると、「むしろコンピューターで作ると不愉快な印象を受けるくらいです」と退ける。「リズムに揺らぎが入る事によって人は安心するのです」と。

うーん。この人にデリック・メイの「ストリングス・オブ・ライフ」を聞かせてみたい。
やっぱり石野卓球の初期作品も聞かせてみたい、、、、。

インタビューで他に驚かされたのは、
東映「長靴を履いた猫」のサビ「びっくりしたニャ!」の連呼が、宇野氏の独断で付け加えられた、オリジナルのフレーズだったという事実。
俺、この曲で覚えてるの、この「びっくりしたニャ!」というフレーズだけだよ!
後の部分も、井上・山元の黄金コンビの作詞なのだが、全く覚えとらん。
いかにこの人の「連呼型」の作品に力があるか、改めて思い知りました。

曲の内訳等詳細はまた後日。
posted by めたろう at 23:26| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 宇野誠一郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月28日

浅草演芸ホールに行ってきた

職場の同僚の爺さんから、浅草演芸ホールのタダ券貰って、以前から寄席に行きたがってた友人と野郎二人連れ、27日の日曜夜の部を見てきましたよ。

まず、日曜夕方の浅草の人出にビックリ。何かイベントでもあったのか。いつもあんなに混むのかな?去年、GWに行った時はそうでもなかったのですが。
で、演芸ホール前に長蛇の列でまたビックリ。無論我々同様のタダ券組も多かったようですが、通常客の1階、二階桟敷、も大入りで、タダ券中心の二階は立ち見がでる盛況ぶりで、目出度い事ではりましたが、もっと空いている筈と多寡をくくっていたので少々あわてました。
さすがに、中高年以上が中心でしたが、若者、子どももチラホラと。
演者の皆さんも大変気分良く演じられた様で、皆繰り返し、「今日は大入りで」と感謝の意を述べてましたな。




詳細感想
posted by めたろう at 22:04| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月22日

「ローレライ」レビュー 

2月下旬付のブロスの「専務の異常な愛情」でのお勧め記事で期待して、
そしてなによりピエール瀧が見たくて、「ローレライ」見てきました。

すごいじゃん。よくやった!って感じ。
帰宅後ぐぐって見ると、辛口評も多いけど、こりや大したもんだと思うけどな。

ぐぐって出てくる、この作品への評として「敢闘賞」「戦闘・戦争ファンタジィー」というのがあったが、俺も同意見。
例えば、サプライズのある作品では無いが、意地悪な観客がこの手の作品に課してしまうハードルは遥かに越え得たのでは無いかな、と思える作品。

誤解を呼びそうな表現だが、ピエール瀧の演技は、この作品の傾向、レベルの象徴だと思う。
正直、あそこまでの難役をこなしてしまうとは思ってなかった。
彼がやる以上、ありがちな古参兵のステレオタイプ、狂信的で、暴力に頼る旧軍の兵隊を演じるのだろうという予想をあっさり乗り越えて、重い背景のある役柄を、うそ臭くならずにこなして見せたのだ。

これは作品全体にも言える事で、そもそも作品のキモである「ローレライ・システム」というのが、相当SF色の強い小道具で、一部アニメ的との批判も出ているのも止むを得ないところがあるのだが、しかし陳腐化するかなり手前で踏みとどまって、エンタテイメントを支える嘘、虚構として機能している。
「戦争物」に「原爆」「反戦要素」も含め、「潜水艦」に「美少女」を乗せ、SF的小道具が秘密兵器として登場するとなれば、さじ加減を間違えれば、陳腐極まりない内容になりかねない。
この手の内容を手がけること自体、冒険、暴挙と言って良い。

それを、スタッフ・キャスト共に、制約を乗り越え、(制約を味方にできた部分もあったろう)陳腐化させず、うそ臭く成らないレベルへ持っていった事は賞賛されて良いのではないか。

もちろん、力及ばずの部分も多い。
CG濫用の絵作りは非難も止むなしかとは思うが、俺は気にすべきでは無いと思う。
むしろドラマにおいて、大戦中の旧軍の狂気のような、戦争映画としてのリアリティを人物造詣で作り得なかった事を問題とすべきだと思う。登場人物の内面造詣は殆ど現代日本人のソレだからだ。
劇中、反戦的なメッセージが登場するが、これも2005年現在の価値観に寄っていると思われる。

けれども作り手、キャストが、自分達が当時の世界観や人物造詣の重さを描ききれない、その限界についてキチンと把握し、限界を踏まえた上であえて今日的メッセージ、現代的人物造詣としている事によって、エンタテイメントを支える嘘に昇華出来ているのだと思う。

ただし、回天特攻隊員の2人、そして「ローレライ」の美少女パウラの3人は、やや力足らずになってしまったかなぁと思う。類型的、それこそアニメ的な美少年、美少女になってしまい、この辺がファンタジィになったゆえんでもある。3人の生死の物語は弱く、お約束臭が付きまとう。
物語の終盤、彼らに対して艦長が「子どものお前達にここまで頼ってしまった」と詫びるシーンがあったが違和感があった。
3人のキャスティングは高校生〜大学生位の年に見えるからだ。この3人は思い切って子役にすべきだったかもしれない。
その方がグロテスクさがより強調され、反戦メッセージも強化されたろうし、ファンタジィ色が強まり、違和感が和らいだはずだ。
その辺は、商業的な都合が優先されたキャスティングの様に思われる。

一方、それ以外のキャストの頑張りは目を見張るものがある。
艦長以下、副長、機関長、軍医、そしてピエール瀧扮する掌砲長、いずれも抑え目の、同時に内に秘めた物を明示する、誠実な人物造詣に成功していたと思う。

「最後まで諦めない」「死んでいった者への勤めとして目の前の仕事をこなす」といった内容の台詞が繰り返し登場するが、正しく、今作品のスタッフやキャストの姿勢を、誠実さを、あらわしている台詞だと思う。


posted by めたろう at 00:52| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月20日

タテタカコ 下北沢ガレージ

いつまでも雪だるまの背景では、春が来ないような気がするので、背景デザイン変えました。
ただ、今年は「青」で統一して見るつもりなので、こういうなんか中国っぽいのになりました。


土曜夜の、下北沢ガレージ「ベッドタウンズ レコ発記念」LIVEに
タテタカコがゲスト出演したので行ってきました。

小さいライブハウスで、かぶりつき、目の前で演奏していたので大満足。
さすがに初めは、またしても客、タテさんとも緊張気味(あれだけ近くてはね)。
曲数が進む毎に、だんだん緊張を揉み解していくような、そんなLIVE。

MCは相変わらず緊張していたなぁ。
志賀高原のスキー場で、−14℃でLIVEをやったら、鍵盤に指が張り付きそうになった話でやや和んだ笑いになったけど、結構大変な話だよな。

改めて、ピアノという楽器の豊かさ、凄さを思いました。
もちろん彼女の魅力の第一は、その声ですけれども、ピアノの最初の音で、場の空気を規定してみせるのを見ると、ピアノの威力みたいな事も思います。
posted by めたろう at 20:13| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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